2011年5月8日日曜日

井上道義指揮 仙台フィル@ラ・フォル・ジュルネ新潟2011

 今年も新潟では5月1日~5月8日までの間、ラ・フォル・ジュルネ新潟2011「熱狂の日」音楽祭が行われました。特にメインとなる7日、8日はメイン会場であるりゅーとぴあだけでなく、音楽文化会館や燕喜館、旧斎藤家別邸でも一日中コンサートが催されるという音楽の祭典。今年のテーマは「ウイーンのベートーヴェン」です。ほぼオール・ベートーヴェンで埋め尽くされた音楽祭。できることなら一日中音楽に浸ってコンサートからコンサートへと渡り歩いてみたいところですが、それは田植時期の農機具屋、この期間仕事は休みなし、待ったなしです。何とか行けると言えば6日と7日にある20:15スタートのプログラムのみ。選択肢はありません。私はその2つの公演のチケットを取り、楽しみに待っていました。

 6日の演目はシューベルトの序曲とピアノ協奏曲4番。演奏には元々はアンヌ・ケフェレックをソリストに、ヴュルテンベルグ管弦楽団が来日する予定だったのですが、震災・原発事故後に来日キャンセル。東京他各地の公演でも震災後は来日キャンセルする団体が相次いでいるらしいですが、ここ新潟でもその煽りは受けました。しかしそこで立ち上がったのが自らも震災で被災した仙台フィル!井上道義氏を指揮に迎え、新潟の音楽ファンのためにやって来てくれました。ソリストはケフェレックの代わりにダン・タイ・ソン。演目もシューベルトの序曲がフィデリオ序曲になりました。

 というわけで演奏者がガラッと変わったこの公演。仙台フィルが入場してくると、会場はいきなり大きく暖かい拍手が響きます。りゅーとぴあの大ホールに、フルオケとしては少しばかり編成が小さい仙台フィルが並びます。井上道義氏が颯爽と入場し、挨拶もそこそこに指揮台に立ち、すぐさま始めるフィデリオ序曲。少しテンポ早め、爽快で明朗なフィデリオ序曲。仙台フィルは弦の響きが暖かく柔らかい印象です。曲の最後、オケを盛り立てた井上道義氏は最後の音を右手で振ると同時にクルッと観客席の方にターン。両手を広げて仙台フィルのために拍手を求めます。劇場一杯に満ちる拍手。少しして、その拍手を静止して井上氏が語り始めました。

 ドイツのオーケストラに突然来たくないって言われちゃって、仙台が来ました!

 (拍手)

 人間、いつ勝負するかって、一番厳しい時に来ることです。(彼ら仙台フィルは)まさにそれを体現しています。

 泣きそうになりました。井上道義氏の言葉は発音が聞き取りにくいし、少し日本語としてはおかしいところもあるのですが(笑)、それでも胸に響く言葉でした。周りを見ると、実際に泣いている人もいました。自らも被災した仙台フィル。人的な被害はなかったといいますが、本拠地となる仙台のホールが被災し、6月までの公演はすべてキャンセル、練習もままならない状態だと聞きました。そんな彼らが、中には自分の気持ちの整理がまだついてない人もいるだろうに、それでも新潟の音楽ファンのために短い準備期間でこうして演奏に来てくれるのです。その精神力と心意気にはただただ敬服するばかり。恐れ入ります。

 そしてダン・タイ・ソンを迎えてのピアノ協奏曲4番。いきなりピアノ独奏から入るこの曲、静かなホールにピアノの音が響きます。ダン・タイ・ソンの演奏を聴くのは初めてなのですが、水滴が流れ、弾けるような高音と演奏をするピアニストだなと思いました。そして時たま水面を飛び出す小魚のように自由に跳ねる。第1楽章のカデンツァはベートーヴェンのものでしたが、その水がどんどん溢れていくような演奏は素晴らしかったです。そしてそのカデンツァを暖かい音色で優しくそっと受け止める仙台フィルの弦。いい演奏でした。第2楽章では少々ソリストと指揮者・オケの思惑がかみ合わない部分もあったようでひやっとしたのですが(苦笑)、最終楽章ではそれもぴったり息が合ってきて演奏も乗ってきました。指揮者も演奏後に自ら「今日は真面目な、ベートーヴェンでした(笑)」と語ったように、正当派の、少しスケールは小さいけれど暖かくて思いの満ちた演奏。素晴らしかったです。

 そして、ピアノ協奏曲4番終了後にダン・タイ・ソン氏がまさかのアンコール。基本ラ・フォル・ジュルネは45分一公演。枠が決まっていますので、アンコールはないはずなのです。この時点で既にピッタリ45分経過した21:00。それでも、その本来ないはずのアンコールは始まりました。

 震災に被災した日本のために、ショパンのアンコールを弾きます

 たどたどしい日本語でそう語った彼が弾き始めたのは、ショパンの遺作となったノクターン第20番 嬰ハ短調。映画『戦場のピアニスト』では冒頭のシーンでこの曲が弾かれ、開始ほどなくして爆撃が始まり演奏は中断されます。震災がまだ完全に落ち着いたとは言えないこの日常の中、仙台フィルのメンバーも聴き入る中で惹かれるノクターンは、非常に美しく心に響きました。

 この日の演奏は、心に残る演奏でした。ベートーヴェンのピアノ協奏曲を生で聴くという念願が叶ったのもそうですし、自らも厳しい状況に置かれている中、それでも新潟の音楽ファンのために代役を買って出てくれた仙台フィルの心意気にも打たれました。仙台フィルの皆さん、井上道義さん、ダン・タイ・ソンさん、どうもありがとうございました。素晴らしい体験をさせてもらいました。落ち着いて本格的な活動が再開できるまで、まだ大変なことも多いかとは思いますが、頑張ってください。

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